アイドルLovers(18禁)


第五章 相談

 君は俺と同類だよ。
 君は、ゲイなんだ。
 男を誘ってるんだよ。

 暗い場所に芳樹は立っていた。 
 カズヤの言葉が、四方八方から聞こえて、芳樹は頭を抱えた。
 そんなことはないと反論したいのに、声が出ない。

 君は、ユウヤ君に惚れているんだ。

「違う!」
 自分の大声で、目が覚めた。
 夢か。
 芳樹は自室のベッドの上にいた。
 ベッドの上で、上半身を起こした態勢で、荒い呼吸を繰り返す。
 ベッド脇に置かれた時計をみると、午前六時半を少し過ぎていた。
 瞬達と一緒にプリンを食べてから、二週間が過ぎた。今日と明日は、半年ぶりに二日続けて貰えた、オフだ。
 初日は、昼まで寝ようと決めていたのに。すっかり目が覚めてしまった。
 芳樹は、大きく息を吐く。
 カズヤにキスをされたあの日から、芳樹は彼の言葉に苛まれてきた。
 日を追うごとに、酷くなる一方だ。
 悠斗とも、なんとなく目を合わせ辛くなっている。悠斗が芳樹の態度を、何とも思っていないのかどうかも、分からない。
 瞬は、真希にしか目がいっていないから、自分の様子がおかしいことに、気づいてはいないだろうが。
 芳樹はもう一度、溜息をついた。
 これはもう、誰かに相談するしかないか。
 かといって、誰にでも相談できる事柄でもない。
 芳樹には、友達と呼べる人が少ない。
 悠斗と出会ってからは、常に悠斗から誘われて、毎日のように遊んでいた気がする。引っ込み思案だった芳樹にはもともと、友達と呼べるほど親しい間柄の人間がいなかった。誘いを受け、レッスンがない日も、毎日のように悠斗と遊んで過ごした。
 他の友達なんていらなかったのだ。
 悠斗が高校へ上がって以降、自然と悠斗と二人で過ごす時間は減って行ったが。
 思考が、逸れ始めたのに気づき、芳樹は頭を振った。

 ベッドからおりると、リビングへ行き、なんとなくテレビをつける。
 朝の情報番組が映った。ちょうど芸能ニュースが始まった所だったらしい。ソファーに座り、それを見るともなしに見ていた時。芳樹は画面に映し出された人物を見て、思わず声を上げた。
「そうだ、こいつがいた」
 テレビの画面には、若手お笑い芸人の中で、人気急上昇中のコンビが映っていた。その内の一人、|安川瑛士《やすかわえいじ》が、芳樹と高校の三年間同じクラスだった、友人である。しかも彼は、新学期の自己紹介で『俺、ホモですが、彼氏はいるんで、安心して友達になってください』と爆弾発言をした、つわものでもあった。



 思い立ってすぐにメールを送り、瑛士と飲む約束をとりつけた。
 待ち合わせは、夜の八時半。
 家を夜の八時前に出れば、間に合う場所だ。それまでの時間を、溜まっていた家事をすることで潰す。
 家を出る十分ほど前に、服を着替えた。そのとき、インターホンが来客を告げる。
 宅配便だった。先日、プリンを持ってきた配達員と同じ人物から、小さな箱を受け取り、礼をいってドアを閉めた。
 芳樹はハンコを定位置の引き出しにしまってから、届いた箱を、首をかしげながら見る。
 最近、ネットで買い物はしていないはずだ。
 誰からだろうと思い、芳樹は差出人欄に目を向けて、さらに首を傾げたくなった。
 差出人欄には、同上と書かれていたのである。
 つまり、受取人と差出人は同じだということか?
 芳樹には、宅配便を送った憶えなどなかった。
 誰かの悪戯だろうか。
 気にはなるが、もうそろそろ家を出ないと、待ち合わせの時間に間に合わない。
 芳樹は、箱をリビングのテーブルの上に置いて、部屋を出た。



 瑛士が予約を入れてくれた飲み屋で待ち合わせだった。芳樹が待ち合わせの五分前に、店につくと、個室に案内される。四人掛けの席だ。
 コートを脱いで、席に着く。コートは空いた隣の席に畳んで置いた。

 待ち合わせ時間から五分遅れて、瑛士がやってきた。相変わらずスタイリッシュな格好をしている。昨年の芸人イケメンランキングで、一位を獲得したのも頷ける顔立ちの持ち主だ。
「よーう。久しぶりやん。誘惑の美女さん」
「それ、やめてくれ」
 芳樹はうんざりだと、表情と声に表した。瑛士は、美王のCMの事をからかっているのだ。
「ええやん、別に。巷では皆そう呼んでるんやろ?」
 瑛士が関西弁なのは、中学生の頃まで、大阪に住んでいたからだ。
 瑛士が芳樹の正面の席に座るのを待って、芳樹は口を開く。
「それは、知ってるけど、俺、美女じゃないし」
 そう言ったところで、店員が注文を取りに来た。慣れているのだろう。瑛士が、メニューを取り出して、芳樹の意見も聞かずに、あれやこれやと注文する。芳樹は敢えて何も言わなかった。瑛士とは長い付き合いだ。お互いに食の好みは知っている。瑛士にまかせておいて大丈夫だろう。
 飲み物はすぐに来た。芳樹の好きなカクテルが運ばれてくる。瑛士は、生ビールだ。
「ほんなら、まず、カンパーイ」
 グラスを合わせて、お互い酒を煽る。
 しばらくは、取り留めもなくお互いの近況を話し合った。
 頼んだ料理が全て、テーブルの上に並んだところで、瑛士が不意に言った。
「で、相談って何や?」
 唐突に問われて、芳樹は戸惑った。今になって、本当にこの悩みを口にしていいのか迷う。瑛士は、悠斗とも顔なじみなのだ。酒好きな悠斗と瑛士は、芳樹よりも頻繁に、飲みに行っていると聞く。
 瑛士は、迷っている芳樹を見ながら、飲み物を口に運んだ。生ビールを二杯飲み終え、今はチューハイだ。
 瑛士は、芳樹が切りだすのを待ってくれている。芳樹は思い切って口を開いた。
「瑛士……俺って、ゲイなのかな?」
 そう言った瞬間。瑛士は壁に向かって、口に含んでいたチューハイを、盛大に噴き出した。
「何やってるんだよ、汚い」
 慌てて、芳樹は腰をあげて、濡れた壁に自分のおしぼりを当てた。テーブルの上にぽたぽたと滴が垂れている。
 瑛士は口元を拭って、同じようにおしぼりで壁を拭きながら、芳樹を横眼で睨む。
「料理の上に吐き出さんかったことに、感謝せい。それに、おまえがゲイかどうかなんて、俺が知るかい」
 あらかた壁を拭き終わったところで、芳樹は、席に腰を落ち着けた。
 瑛士の言うとおり、確かに自分がゲイだからと言って、友人がゲイかどうかなんて、分かるはずもない。変な質問をしてしまった自分が恥ずかしくなる。
 俯いた芳樹をなんと思ったのか、瑛士は溜息をついた。
「で、何でいきなりそんな、突拍子もないこと考えたんや。とりあえず、話してみい」
 芳樹は、顔を上げた。瑛士が話を聞く態勢になってくれたことに気づく。
 芳樹は、まず、二人だけの秘密にしてくれと念を押してから、話始めた。
 美王のCM撮影の際、悠斗を妙に意識してしまったこと。それが、今も続いていること。カズヤに、おまえはゲイだと言われたこと。男を誘う色香が出ていると言われたこと等々。訥々と語る芳樹に、相槌を打ちながら話を聞き終えた瑛士は、ゆっくりと息を吐いた。
「ふむ。なるほどなぁ。俺が知らん間に、そんなおもろい……いやいや、凄いことになってるとは。そんで、ワイルドのカズヤとキスして、おまえ、どうやった?」
「どうって……」
 質問の意図が分からず、芳樹は首を傾げた。
 瑛士は、肘をテーブルに置き、その上に顎を乗せた。
「やから、ドキドキしたとか、気持ち悪かったとか、色々あるやろ」
 尋ねられて、芳樹は答える。
「びっくりした」
 芳樹が言った瞬間、脱力したように、瑛士の顔を支えていた腕が、ずれた。ガクッとテーブルに半ば突っ伏した瑛士は、ゆっくりと顔を上げた。その顔は少し怒っているように見える。
「おまえはアホか。誰でも、いきなりキスされたら、びっくりするっちゅうねん。俺が聞いてんのは、その後や」
 言われて、芳樹は首を傾げる。瑛士はその様子に、大きく溜息をついた。
「分かった。二択にしたろ。カズヤにキスされて、気持ち悪かったか、気持ち悪うなかったか。どっちや」
 芳樹は気持ち悪くはなかったと、素直に答えた。あの時は非常に混乱していて、何が何やら分からなかったが、キスをされて、嫌悪感があったかと問われればノーだ。
「ふーん。まあ、相手カズヤやしな。おまえ昔から、ワイルドのファンやし……。ほんなら、おまえ、女に惚れたことはあるか」
 尋ねられて、芳樹は自分で驚いた。そう言えば、一度も、女の人を好きになったことがない。
 初恋の相手も、女の子だと思って一目ぼれしたが、実は男だったと分かったのだ。その時は酷くがっかりしたものだ。
 がっかりしたものだから、自分は普通に女性が好きなのだと思っていた。
 しかし、いくら思い起こそうとしても、それ以降、誰かに恋心を抱いたことがないと気づく。
「その顔やと、ないんやな」
 断定的な物言いに、反射的に言葉を返した。
「でも、俺、ずっと男子校だったし」
「そう言うってことは、やっぱりないんやないかい。男子校でも、彼女おる奴は普通にいっぱいおったやろうが」
 その通りだ。瑛士のツッコミに対し、芳樹はぐうの音も出なかった。
 しばらく、無言の時が過ぎた。
 瑛士は何かを考えるように腕を組んでいる。芳樹は、手持無沙汰になって、とりあえず、皿の上に残っていた鶏のから揚げを口に運んだ。鶏のから揚げはすっかり冷めて、美味しくなかった。
「……さっきは、おまえがゲイかどうか分かるかいって言うたけど。実際、お仲間ちゅうんは、雰囲気でだいたい分かるんや」
 不意に瑛士が口を開いた。どことなく独白めいて見えたのは、瑛士の視線がテーブルの上に固定されていたからだろう。
「俺は、おまえのこと、高校の三年間見とって、同じ嗜好の持ち主やと思ったことはない。でも、今日会ってみて、やっぱり、雰囲気変わったな、とは思った」
「えっ?」
 瑛士はようやく顔を上げて、芳樹と視線を合わせた。しばしの沈黙。店内の喧騒が、やけに耳につく。
「カズヤの言う、男を誘う色香っちゅうんは、俺にはよう分からん。けど、ぱっと人を引き付ける雰囲気ちゅうんかな。そう言うのは出てきたと思う。テレビ見てて思っててん。今まで、Winの三人が出てても、目を惹くんはシュンとかユウトとかで、おまえはその影に隠れてる感じがした」
 芳樹は黙って瑛士を見返した。
「でも、ここ最近。美王のCMのおかげか、おまえら、ようテレビ出てるやんか。そんとき、おまえの雰囲気変わったな、て思ったんや。シュンとユウトと引けをとらへん存在感があるっちゅうかな」
「嘘……」
 思わず、芳樹はこぼしていた。瑛士はむっと眉を寄せる。
「何で、ここで俺が嘘つくねん」
「そうじゃなくて、俺は、二人の引き立て役として、Winにいるのに」
 いつも、Winとして活動しているとき、芳樹は、瞬と悠斗の二人の引き立て役になることを心掛けてきた。極力目立たないように、二人が出来るだけ目立つように。そう思って仕事をしてきたのに。
 最近、男に言い寄られたり、悠斗に対して、変に意識したりして、仕事中いつも心掛けていたことを忘れていた。
「平凡な顔の俺が目立っちゃ、俺がWinにいる意味がない」
「はあ?」
 心底、不審そうに瑛士が声を上げる。
「ちょお、待てよ」
 瑛士は、掌を芳樹の前に突き出して、何やら考え込んでいる。芳樹は、二杯目に頼んだチューハイを口に運んだ。氷が解けたせいで、味が少し薄くなっていた。
「つまり、おまえは、自分は平凡な顔してるて、思うてて、シュンとユウトの引き立て役としてWinにいるって思いこんでるんやな」
 芳樹はその言葉に頷いた。
「思いこんでるんじゃなくて、実際そうなんだよ」
 瑛士は、いやいやいやと、右手を顔の前で横に振った。
「おまえが何で、そんな変な勘違いをしとるんかしらんけど。おまえ、そんじょそこらの女優なんか敵わへんくらい、美人やで」
 瑛士に気を使わせたと思い、芳樹は口元に微笑をのぼらせた。
「気を使ってくれて、ありがとう。気持ちは嬉しいけど、男に対して美人はないだろ」
「俺は、別に気ぃ使って言うたんとちゃう」
 鼻息荒く、瑛士は断言した。本当にいい奴だなぁと、芳樹は友情に感謝しつつ、口元の笑みを深くする。
「ありがとう。でも、まあ、それはおいといて。話がずれてる気がするんだけど」
 芳樹が言うと、瑛士は「ほんまやな」と、呟いた。半分程残っていたチューハイを一気に飲み干すと、ジョッキを机の上に勢いよく置いた。
「よっしゃ、ほんなら試してみるか?」
「試す? 何を」
「おまえがゲイかどうか。とりあえず、知りたいんはそれやろ。実際に、男とあれやこれやしてみて、抵抗ないんやったら、おまえは、男もいけるっちゅうこっちゃ」
 瑛士は言いきった。芳樹は眉を寄せる。そんな単純に考えていい物なのか。っていうか、あれやこれやって何だ。
 芳樹が胸の中で疑問を持っている間に、さらに瑛士は言葉を紡ぐ。
「んで、男があかんってなったら、おまえは、男とか女とか関係なく、カズヤの言うとおり、ユウトに惚れとるんやろ」
 瑛士はうんうんと、自分の説に納得したように頷いている。芳樹は困惑しつつ、問いかけた。
「何で、ユウトに惚れてるってことになるんだよ」
「おまえ、自分で言うたやん。ユウトに演技とはいえ、迫られたときから、ユウト見ると、ドキドキするって」
「そうだけど」
 言い淀んだ芳樹に、間髪いれずに瑛士がたたみかける。
「おまえが、男の色気にやられて、ドキドキしたんか。それとも、ユウトやからドキドキしたんか。それが分かれば、ええっちゅう話やろ」
 簡単なことのように、瑛士は言う。芳樹はふと気になったことを聞いた。
「あのさ、試すって、瑛士と試すのか?」
 瑛士は驚いたように、目を見開いた。その後、呆れたような声をだす。
「何で、俺がおまえと、あんなことや、そんなこと、せなあかんねん」
「だって、ゲイの友達って瑛士しかいないし」
 瑛士は瞬きをしてから、にやりと笑った。
「残念やけど、俺には愛しのダーリンがおるんや。それに、おまえ、俺の好みとちゃうもん」
「知ってる」
 芳樹は頷いた。瑛士の好みは、背が高く、ガタイの良いタイプの男性だ。芳樹とは正反対のタイプといっていいかもしれない。ちなみに、瑛士の彼氏は、瑛士が組んでいるお笑いコンビの相方だ。彼の見た目は瑛士の好みどんぴしゃだった。
「っつーことで。行くか」
 そう言って、瑛士は唐突に立ちあがった。伝票を手に、個室を出て行こうとする。
 芳樹は慌てて、瑛士のあとを追った。
 会計を済ませて、外に出てから、芳樹は聞いた。
「行くってどこに」
「そりゃ、決まってるやん。そういう人らがあつまる場所や」
 芳樹は内心首を傾げた。そういう人が集まる場所というのが、イメージ出来なかったのだ。
「ちょお、電話してええか?」
 聞かれて頷いた。なんだか瑛士に流されてしまっているが、いいのだろうか。どこかに電話をかけている瑛士を見て、少し不安を覚えた。
 瑛士は通話を終えると、さっとタクシーを捕まえる。ぐずぐずしている芳樹を引っ張って、タクシーに乗せた。

前のページへ  次のページへ

目次へ  小説のお部屋へ戻る 

copyright(c)2012,Mituki Aida