アイドルLovers(18禁)


第二十二章 それから

 翌日目を覚ますと、いきなり悠斗と目があった。ずっと寝顔を見つめられていたのだと気づく。
「おはよう」
 芳樹に、悠斗が笑いかける。
「昨日は、お誘いありがとな」
 悠斗の言葉に、昨夜の情事が思い起こされて、芳樹はいたたまれなくなった。昨日、悠斗は芳樹を一人で眠らせようとした。それを拒んで、抱いてもらったのは芳樹なのだ。
 芳樹はベッドの中で、悠斗に抱きしめられるようにして眠っていたらしい。
「何で、ユウトここにいるの」
 問うと、悠斗は訝しげな顔をつくる。
「どういう意味?」
「だって、前の時は、起きた時、ユウトいなかったから」
 初めて悠斗と抱きあった日の事を思いだして、芳樹は目を伏せた。悠斗はあの日。芳樹が目覚めてすぐ、女の所へ行ったのだ。芳樹を一人、家に残して。思い出すと、悲しみが込み上げてくる。
 悠斗はしばらく、芳樹を見つめたあと、ふっと息を吐き出した。悠斗は芳樹の体を引き寄せる。
「悪かった。芳樹を悲しませるつもりなんてなかったんだ」
 一瞬何を言われているのか分からなかった。
「あの時はとにかく、早くセフレと手を切ることばっかり考えてたから」
 芳樹が悲しげな顔をしている原因を、悠斗は正確に読み取ったようだ。
「セフレっつっても、それなりに付き合いはあったわけだし。一応、最後の別れぐらい直接言おうと思ってさ」
 悠斗の声と共に、芳樹の耳に息がかかる。それがたまらなく、こそばゆい。
「何で、そんなすぐ、別れる必要があったんだよ」
 少しの期待を込めて、芳樹は尋ねた。
「昨日も言っただろ。俺はヨシキがいればそれでいいんだ。本物が手に入ったんだから、偽物はもういらない。だから、早く女と手を切って、ヨシキに告ろうと思ったんだ。とにかく急がないとってそればっかりで。ヨシキは潔癖だから、女と関係切ってからでないと、俺がどれだけ口説いても、俺の方、振り向いてくれないだろ」
 期待以上の言葉を貰った気がした。それでも、拭いきれない光景がある。
「でも、ユウト、キスしてただろ。女の人と、道で。俺見たんだ」
「いつ?」
「お、俺が、襲われた日」
 悠斗の目が見開かれた。すぐに思いいたったのだろう。
「違う、あれは、セフレと別れる時に、最後にキスしてってせがまれたからで、もう終わってる」
 悠斗の声には必死さが滲んでいるように感じた。だが、ふと、悠斗は眉根を寄せる。
「ちょっと待て。おまえ、何で、俺がキスしてる所見れたんだ? あそこ歓楽街だろ。何で、ヨシキがあそこにいたんだ?」
 明らかに悠斗の声には、嫉妬がこもっていた。
 悠斗に告白される前だったら、嫉妬だとは気づかなかったかもしれない。ただ、悠斗が苛立ってしまったと思うだけだっただろう。
「車で通りかかったんだよ」
「そういや、おまえ、カズヤと飲みに行ったっつってたな、乾の奴が。そん時か」
 悠斗の言葉に頷く。悠斗は眉を顰めたままだった。
「うん。カズヤさんに車で送ってもらった」
 素直に告げると、いよいよ悠斗の顔は不機嫌になった。
「ヨシキ、キスされたくせに、よくそんな奴の車に乗ったな。危ないと思わなかったのかよ」
 とがめる声に、芳樹も思わず顔を顰める
「思わなかったよ。カズヤさんは悪い人じゃないって分かったし。俺が、ユウトとの事で悩んでる時、相談に乗ってくれたんだ。優しい人だよ」
「そんなの、絶対下心があるに決まってる」
 悠斗は断言した。
 本気でそう思っているようだ。
「もう、二度とカズヤの車には乗るな」
 命令口調。なのに、芳樹の胸には喜びがあふれる。
 確かに愛されていると、実感できる言葉だったから。
「ユウトは、本当に俺の事好きなんだ」
 うっとりと、呟いていた。
「そうだよ。俺は。ヨシキが好きだ」
 昨夜の出来事はやはり、夢ではなかった。こうして、同じベッドに眠り、抱かれていてもどこか、現実味が持てなかった。
「そう言えば、昨日きちんと、聞いてなかったな」
「何を?」
 問い返せば、悠斗はにやりと笑みをこぼす。
「ヨシキは俺のことどう思ってる?」
 聞かれて、芳樹は真っ赤になった。
 こうやって、裸のままベッドで抱き合っているのだから、答えなど聞かなくても分かるだろうに。
 それでも、悠斗は芳樹の口から聞きたいのか。
 芳樹は意を決して、唇を動かした。
 愛する人の願いをかなえるために。
「俺も、ユウトが好き」
 囁いた途端、悠斗に肩を掴まれて、性急な動作で体を引き離された。
「ヨシキ、もう一回言ってくれ」
 芳樹の瞳を覗きこむようにして、悠斗は必死の形相で懇願した。
 芳樹の顔に、自然と笑みが広がる。
 もの凄く、満ち足りた気分だった。
「ユウトが好き、大好き……」
 気持ちを込めた言葉の後半は、悠斗のキスに吸い込まれた。



 芳樹が芸能界に復帰したのは、ストーカー事件から、三ヶ月後のことだった。
 それに合わせて、発売延期になっていたシングルがリリースされ、今日は歌番組に生出演することが決まっている。
 リハーサルを終えて、悠斗と瞬と真希と共に、楽屋へ戻った。
「はー。緊張した」
 芳樹は、楽屋に置かれたテーブルの前に座り、テーブルに突っ伏した。
 久しぶりのリハーサルにこれだけ緊張するのだから、本番はどうなるのだろう。
 不安が芳樹の胸を掠める。
「ヨシ兄大丈夫だって、俺達がついてるから」
 瞬が胸を張って、芳樹を安心させるように言った。
「大丈夫よ、ヨシキ。リハーサルも順調に終わったじゃない」
 真希も、激励してくれる。
 悠斗は、芳樹の隣に腰を下ろした。
 芳樹の肩を指先で、とんとんと叩き、振り向いた芳樹の唇にキスをする。
 悠斗の唇はすぐに離れていった。
 芳樹は顔を真っ赤にして、唇を手で覆い、悠斗を睨む。
 真希と、瞬は驚いたように悠斗と芳樹を見比べている。
「どう? 緊張、吹っ飛んだだろ」
 悪戯っ子のような、悠斗の表情。二の句が継げないでいる芳樹から、悠斗は呆然としている真希達に視線を向ける。
「あ、言い忘れてたけど、俺達付き合ってるから」
 あっけらかんとした口調に、瞬時には意味が掴み切れなかったらしい。
 たっぷりと間をあけて、真希と瞬は大声で叫んだ。
「えぇー!」
 二人の声がはもった。
「ユウト、何で今言うんだよ」
 恥ずかしさのあまり、声を荒げる。
 悠斗は、人を食ったような顔で告げた。
「別に、今でも、あとでも、ヨシキが恥ずかしいのは、一緒じゃん」
 俺は別に恥ずかしくも何ともないけどと、悠斗は付け加える。こう言うところが憎らしいけど好きだ。
 芳樹と悠斗の様子を目にしていた瞬が、不意に声を上げた。
「ずっるい。真希ちゃん。俺達もラブラブしよう!」
 瞬は真希に抱きつこうとした。
「はあ? サカるな。今仕事中!」
 真希が顔を真っ赤にして、瞬の頭を叩いた。
 瞬はがっかりと肩を落とす。肩で息をして怒る真希に、悠斗はこともなげに告げた。
「あ、真希ちゃん。俺達今度引っ越そうと思ってるんだ。今の部屋じゃ、二人で住むには狭いしさ」
「ちょ、ちょっと待って、ユウト。そんな話聞いてない」
 慌てて、芳樹が声を上げる。
 真希が何か言う前に、瞬がまたも声を上げた。
「えー、ユウ君ばっかりずるい。真希ちゃん。俺達も一緒に暮らそう」
 瞬が真剣に、真希に訴える声に紛れて、悠斗はそっと芳樹に囁いた。
「いいだろ、ヨシキ。あ、引っ越しても、寝室は別にしないぞ。絶対一緒だからな」
 新しい部屋が決まったら、二人で新しいベッドを買いに行こう。
 瞬と真希の言い合う声に紛れて聞こえた悠斗の誘いに、芳樹は満ち足りた気分で頷いた。

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